2024-09-01から1ヶ月間の記事一覧
前提 何一つ不自由のない人生を送ってきた。少なくとも、広く共感を得られるような苦しみとは無縁の人生だった。衣食住に困ることはなく、家族や友人にも恵まれ、平均的な期待に応えるだけの知的能力も持っていた。 つまり、自分は特筆すべき「外的な」不条…
死ではない無があるとするならそれは ガラスのように透き通った何か 体はあっても性別がない 何者でもないが何者にでもなれる それでいて形の整った美しい一個体 例えばガラスのゴブレット 大概はワインかなにか飲み物だけれど たまに葡萄の実とか薔薇の花と…
潮騒が傍を通り過ぎた 暗い抜け道 海へと曳かれ 手のぬくもりと少しの汗に気づく たどり着いたのはうらさびしい洞穴 交わすべき言葉はもう一つもない 大好きだったから 私はなんでも受け入れた 触り触られるものだけが信用できた ことが済んで 夜は終わって …
《死を思い止まらせた障害について》 ルネは長期にわたり、死の瞬間とその後の世界について熟慮していた。当初、感情的にも論理的にも、自殺は妥当な選択肢とは思えなかった。 まず、死ぬ瞬間について。一般に、死には苦痛が伴うとされる。後にも注釈するが…
川の向こうでお前は泣いていた 小さく座ってうつむいて ときどき足元の小石を投げ入れたりして またときどきメダカやあめんぼに目を奪われたりして 誰にも気づかれないようなため息をついていた 川の向こうのお前は美しかった 投げ入れた小石が跳ねて跳ねて…
鱧の皮切れど切れども水びたし ニライカナイ沸く夕立にほえさけぶ 金時計夏とともだち呼びにけり 朝ねぼう壁のむこうで蝉が鳴く 夏瓜や種よあしたへ飛んでいけ 夕焼けが日傘をよけて忍び込む 夏潮に急かされ今日も靴一つ 逆夢がさっと午睡を駆け抜けた 宵涼…
ともに寝そべっていたひろいひろい砂漠 右手を伸ばしても届かない そのすき間から砂がこぼれた ていねいな鼻歌が聞こえてくる おい、行くぞ 少年は泣いていた さっきの夢を思い出しながら 必要な会話を少しだけした 果てしない長さを歩いた 夜といっしょに冷…