理想について

備忘録

【大学数学】第一回 ルベーグ積分狩り講座 -Lebesgue積分のアイデア-

本記事では多くの数学徒が苦戦する(と思われる)ルベーグ積分について解説する。

本講座は一貫して伊藤清三『ルベーグ積分入門』に準拠している。

【本記事の概略】

ルベーグ積分のコンセプトの説明とリーマン積分との比較だけ行う。

測度論についての具体的な記述は行わない。

【前提知識】

  • (必須)高校過程における積分
  • 集合・位相論

【高校までの積分(Riemann積分)とその弱点】

そもそも、高校数学ではどのような積分を行っていただろうか、それはRiemann(リーマン)積分と呼ばれるもので、簡明に表現すると

 \lim _{n\rightarrow \infty }\sum ^{n-1}_{i=0}f\left( a+\dfrac {b-a}{n}k\right) \cdot \dfrac {b-a}{n}

で、これを

 \int ^{b}_{a}f\left( x\right) dx

と表記するのであった。

つまり、下のように求めたい面積をx軸に沿ってn分割し、i番目の長方形の面積を f\left( a+\dfrac {b-a}{n}i\right) \cdot \dfrac {b-a}{n}と計算する。そして各々の長方形の面積をn-1個全て足し上げよう。あとはn→∞とすることでグラフとx軸で囲まれた面積に限りなく接近できるという要領である。

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こうして積分記号を眺めてみるとその妥当性には非常に驚かされるものがある。

 

では、これで積分できないような関数はどのようなものが考えられるだろうか。

一つの有名な例として、Dirichlet(ディリクレ)の関数が挙げられる。

 Dirichletの関数とは、

 \{ ^{f\left( x\right) =0\left( x\in \mbox{無理数}\right) }_{f\left( x\right) =1\left( x\in \mbox{有理数}\right) }

このような関数がRiemann積分できないということは直観的に明らかだろう。Dirichletの関数は本質的に非連続であるため、n分割してn-1個の長方形を作るという戦略が通用しないのである。

一般化して述べてしまうと誤解を招くので断定形は避けるが、とにかく非連続な関数においてはRiemann積分できないということが往々にしてあり得る。

これを解決する新たな積分が、Lebesgue(ルベーグ)積分なのだ。

【事前準備:単関数】

※集合・位相論に慣れ親しんでいない者は、以下で述べる集合(=E)はEuclid空間(xy平面)における区間(a,b]などの「数直線上の実数のセット」だと思って読んでほしい。

 

Lebesgue積分は初めに単関数なるものから定義される。ため、事前準備としてこの関数がいかなるものか説明しよう。

単関数とは、

 \{ ^{\chi _{A}\left( x\right) =1\left( x\in \mbox{Aのとき}\right) }_{\chi _{A}\left( x\right) =0\left( x\notin \mbox{A のとき}\right) }

とし、(上の関数を集合Aの定義関数という)

 f\left( x\right) =\sum ^{n}_{j=0}\alpha _{j}\chi _{Ej}\left( x\right)

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で表されるものである。

これを見て特に文系の方はゾッとするかもしれないがそんなに難しいことを言っている訳ではない。

日本語で説明すると単関数f(x)は、「xを代入したとき、それが集合Ejに含まれるならEjに対応する定数がアウトプットされる」関数である。

これをEuclid平面(xy平面)で表すと、階段状の関数になる。例えば集合Eを区間[1,10)として、そのときのαを5とすると、区間[1,10)におけるグラフはf(x)=5になる。

この部分がよくわからなければ次章の100円玉硬貨の例もあるので何となくで進んでも構わない。

【Lebesgue積分のアイデア

Lebesgue積分の簡単な定義づけ

では、このような単関数f(x)についてLebesgue積分を行おう。

Lebesgue積分

 \sum ^{n}_{j=1}\alpha _{j}\mu \left( E_{j}\right)

 という操作であり、

 \int _{E}f\left( x\right) d\mu \left( x\right)

というように表記される。

Riemann積分との違い

これを先に述べたRiemann積分の式と比較してほしい。

今回の積分対象が単関数であることを考えるとRiemann積分において無限回分割する必要はないということには容易に気付けるため、Riemann積分における極限操作を無視して2式を並べてみる。

 \sum ^{n-1}_{i=0}f\left( a+\dfrac {b-a}{n}k\right) \cdot \dfrac {b-a}{n}

 \sum ^{n}_{j=1}\alpha _{j}\mu \left( E_{j}\right)

先に示した図から、 f\left( a+\dfrac {b-a}{n}k\right)  と  \alpha _{j}が同じもの、すなわちxに何らかの値を代入したf(x)、すなわちアウトプットを示しているということに気づくだろう。

 

ではRiemann積分 \dfrac {b-a}{n}に対応するLebesgue積分 \mu \left( E_{j}\right)は何なのか。

Riemann積分の場合、 \dfrac {b-a}{n}は当然「長方形の横の長さ」と解釈されるが、Lebesgue積分の場合、 \mu \left( E_{j}\right)Lebesgue測度というものである。

Lebesgue測度とは端的に言えば「集合の大きさを測ったもの」である。

いきなり何を言い出すんだという話だが、一旦Euclid平面に落とし込むと、[1,10)の大きさμを9としたり、[0,1)の大きさを1としたりして、アウトプットがαとなるxがどのくらいあるか測ろうという話である。

10円玉、100円玉、500円玉の例

これではまだピンと来ないだろうと思われるので、別の例を挙げてみたい。

ここに10円玉が10枚、100円玉が4枚、500円玉が6枚あるとしよう。そして下図のように20人のa1,a2,・・・,a20さんに少ない金額から順に分配していくことを考えよう。

(下図のように単関数になることがわかる)

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では、彼らの持つ硬貨の合計金額を考えるとき、あなたはどのように計算するのだろうか。

先に述べたように、Riemann積分の思想はn分割して全部足し合わせるというものだった。つまり、Riemann積分的に合計金額を求めると、10+10+10+10+...+500+500のように計算するのである。

次にLebesgue積分的に求めよう。先に述べた言葉を復唱すると、Lebesgue測度μとは「集合の大きさを測ったもの」である。ここで10円玉のLebesgue測度μは10枚、100円玉のμは4枚、500円玉のμは6枚、すなわち、10×10+100×4+500×6=3500というように計算するのだ。

Lebesgue積分の定義を日本語訳する

  \sum ^{n}_{j=1}\alpha _{j}\mu \left( E_{j}\right)

これをふまえ、上の定義を見直そう。

ここで行っている操作は、「アウトプットがαjとなるx全ての集合がどのくらいの大きさあるかを測り、その(アウトプット)×(集合の大きさ)をすべてのアウトプットについて足し上げる」ということである。

Dirichletの関数は積分できるようになったか

ここでDirichletの関数を見返してみると典型的な(?)単関数であることがわかる。つまり、変域内での有理数集合の「大きさμ(A)」と無理数集合の「大きさμ(B)」をそれぞれ数え、1×μ(A)+0×μ(B)とすればこれがLebesgue積分の値である。

集合概念の多用について

ここまで、「集合」という概念を多用して、いちいち高校数学までに扱うEuclid平面に落とし込むということをしてきた。これが読者を混乱させていることは容易に想像がつくが、これは積分概念が抽象的な領域に踏み込んでいるということである。

具体的には、積分をEuclid空間以外の空間で行うことができるようになる。高校数学慣れ親しんできた人にとってはEuclid空間以外の空間など聞いたこともないだろうが、とにかく、積分が(目で見てわかるような)幾何的な意味を脱出したということである。

 

【単関数から一般の関数へ】

ここまで来て、今のところ単関数しか積分できないじゃないかという反論が飛んできそうだ。しかし、少し考えれば単関数での積分は一般的な(正確には非負の)関数に帰着できることに気づくだろう。

簡単に説明すると、一般的な関数もアウトプットを無限種類に分類することによって単関数と同じように取り扱うことができる(この極限操作は後々扱う)。

 

 

以上。

この説明では測度の具体性に欠けるため、雲をつかむような気持ちになっているだろう。どうやって「集合の大きさ」を測るのかはまた別の記事で述べようと思う。

 

 

(補足1)

選択公理を用いることでルベーグ測度で測れない集合の存在が証明されているが、1970年に、選択公理を容認しなければR^nの部分集合はすべて可測だと示された。

 

(補足2)

Lebesgue積分への過度の期待はやめてほしい笑。なぜなら、Lebesgue積分にはRiemann積分のときのような解法のアルゴリズムがないからである。実際、LebesgueがLebesgue積分を世に出した時、数学界の反応はたいしたものではなかった。

とはいえ、抽象数学を学ぶのにLebesgue積分は避けては通れず、単純な積分が通用しない確率論にもLebesgue積分が大きく関わっている。

 

(補足3)

暇なら

  • 測度論がどのように構成されるか(Carathéodory外測度、完備化など)
  • Lebesgue積分がどのように構成されるか
  • Fubiniの定理
  • Lebesgue-Stieltjes積分

まではやる。